75年パ・リーグがDH制導入「実力のパ」の始まり – 野球の国から – 野球コラム : 日刊スポーツ

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巨人の9連覇までが日本プロ野球の「前期」とするなら、1974年(昭49)から、フリーエージェント制と高校生以外の新人選手に逆指名制度が適用される93年までが「中期」になるだろう。パ・リーグ各球団が創意工夫を凝らし、人気も実力も上だったセ・リーグを、実力面で巻き返していく。

プロ野球中期の歩み
プロ野球中期の歩み

75年にパがDH制を導入。もともとは、人気向上を狙ったメジャーのアメリカン・リーグが73年に作った制度。導入初年度と前年の観客動員数を比較すると、2696万8268人(1試合平均1万4506人)から3010万8926人(1試合平均1万5496人)に増えている。

バスケットボールのように、頻繁に点が入る攻撃性を重視した方法が、国民性にマッチしたのだろう。当時のメジャーは極端な投高打低で得点が入りづらかったが、導入初年度と前年の平均打率を比べると、2割3分9厘から2割5分9厘にアップ。完投数も502から614に上がった。

同じように人気が低迷するパがDH制を取り入れたが、残念ながら観客動員アップにつながらなかった。それでもア・リーグと同じように、平均打率が前年の2割4分7厘から2割5分4厘に上がり、完投数も197から302に大幅に上がった。単純な「打つ」や「投げる」といったレベルは、確実に向上した。

85年11月、西武との日本シリーズで阪神が悲願の日本一
85年11月、西武との日本シリーズで阪神が悲願の日本一

パは現在に至るまでDH制を続けているが、最初に導入を検討したのはセだった。

導入を検討している段階で、パが早々と導入を決定した経緯がある。その反動があったかどうかは分からないが、導入から10年間、日本シリーズではDH制が採用されなかった。初めて採用されたのは85年で、当時は「DH制あり」「DHなし」で交互に行われた。

初年度は全試合DH制で、セの阪神が西武を4勝2敗で下し、翌年はDH制なしで西武が広島を4勝3敗1分けで破って日本一を達成。皮肉にも、慣れていないチームの勝利で終わった。87年から、セパの本拠地開催で使い分けられる現在の形式になった。

86年10月、日本シリーズで広島を下し胴上げされる西武森監督
86年10月、日本シリーズで広島を下し胴上げされる西武森監督

DH制が採用されて以降、パに不利かと思われるDH制を採用しない期間のシリーズ勝敗は、パが7勝でセが3勝。これには前期と後期の2シーズン制が採用されていた期間(73~82年)が含まれている。「人気のセ」「実力のパ」と言われる時代が始まっていた。(つづく)【小島信行】











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