2010年6月12日 (土)開催 | 基盤教育研究分科会

「熟達」の理論・仕組みを理解する

■実施報告(HRDM会員 味岡律子)

こんにちは。合同会社ブレス代表の味岡律子です。
今回のシリーズ分科会は、株式会社リクルート ワークス研究所の主任研究員 笠井恵美さんをお迎えして「熟達」を理解していきます。

熟達はその課題によって必要な技能が違うために、その研究は、ピアニストや棋士、落語家などの個別具体的な領域で行われる傾向があります。
今回のシリーズ分科会をご担当いただく笠井恵美さんは、心理学でしばしば使われる「熟達」を実務を扱う職種(CAやナース、カーディーラーの営業など)をテーマに研究しまとめた本「サービスプロフェッショナル(プレジデント社)」の著者です。
笠井さんには全4回におつきあいいただくわけですが、私たちの日常のテーマと「熟達」をつなぐ理論や仕組みの理解を助けていただくこととなります。


(背景) 人材育成マネジメント研究会 副理事 堤宇一さん
「なぜ熟達化がテーマなのか」

社会は「工業化」から「知資本主義」へと変化してきました。「知資本主義」では定型的な作業スキルより創造的な意思決定に係るスキルの方が必要で、学習方法も訓練より体験、個人学習より関係性の中での学び...のように変化しています。
実は、IDや効果測定も「工業化」時代をベースに考えられているので、新たな時代に合わせて調整する必要があるでしょう。
ここで改めてプロフェッショナル(熟達者)の、熟達化について理解を深めたいと思います。



【熟達】

熟達とは、十分な練習(課題解決の積み重ね)によって人から見てある程度の成果を上げることができ、さらに自分で深める事ができる状態のことです。
もともと「熟達」の研究は、1940年代にチェスのマスターの研究に始まったものですが、少数の優れた人々の人格特性で説明することが難しいことや熟達に至るまでの過程の説明ができなかったことなどから特に1970代以降、急速に発展しました。


【熟達の条件】

① 熟達化の様子は、特定の職種や職務などの領域固有のものです。たとえば、サッカーというゲームの熟達、シュート技能の熟達のような具合です。ただし、サッカー選手としての熟達をテーマにするとシュートだけ上手くても熟達したことにはなりません。
② 熟達は課題解決の連続なので、マニュアルだけで熟達することは困難ということになります。
③ 素人から熟達者に成長するためには、最低10年間の期間が必要です。
④ 内発的動機が伴うと熟達が進みます。

「嫌だけど言われたからする」は、内的動機が伴っていないので熟達化は進みにくいのですが、あるテーマの熟達化のために「嫌なことだがする」という選択は内発的動機がともなうので熟達に効果があるということです。


【熟達者の特徴】

熟達者は、情報をまとまりで記憶したり(チャンク化)、考えなくても体を動かす(自動化)ことができます。
問題解決の場面では、対局の把握と分解することの両方を使って対応します。また、表面的な情報と内的情報を組み合わせて検討することができます。例えば、 レントゲン写真に写る影(表面的な情報)を見て、「これは変かもしれない...以前に見た〇に似てる...(内的情報)」のように対応するわけです。
また、熟達の過程においての評価基準がある点も熟達者の特徴です。「見る目」とか「こだわり」と言えるかもしれません。自分自身も含め、熟達の過程のどのレベルにあるのか捉える事ができます。


【熟達者の分類】

熟達者を知識・技能の柔軟性・適応性のレベルによって2つに分類すると...
□ 手際の良い熟達者: 同じ手続きの繰り返しで習熟していく熟達者(技能遂行の早さと正確さがスゴイ!)
□ 適応的熟達者: ある領域の高度な課題遂行を繰り返す事で概念的知識が構成され、課題の状況変化に応じて適切な解を導く事ができる熟達者。

適応的熟達者になるには、チャレンジの機会、話す、内省する余裕を持つ、グループに所属している、の4点が条件となります。
「自分は今のままでいい」という考えが度を越せば、経験の機会を失い、ただ日々に忙殺され、組織に属していながら周囲との関係性が薄くなり、熟達は進まないということです。


【一人前以降の熟達】

熟達5段階モデル「初心者→見習い→一人前→中堅→熟達者」でいうと、一人前は一通りの事ができる状態で、組織では「中堅」としてテーマになることが多い層です。

興味深かったのは、加齢で能力は落ちるのですが、熟達した状態にあれば、加齢による能力低下を防ぐことができるというデータです。一人前(中堅)で「まぁ、このへんでいいか」としてしまうと、年齢による能力低下を補うことができないということです。


【最後に】

冒頭の堤さんのお話にもありましたが、今、職場で求められるのは適応的熟達者です。手際の良い熟達者から適応的熟達者になる4つの条件(チャレンジの機 会・話す・内省する余裕を持つ・グループに所属)を学習しましたが、ここが能力開発の肝なのだと思います。経験を繰り返し、考え、内省し、仲間と語れる... ために何ができるか考えるきっかけになりました。

話は変わりますが、私が扱う「キャリア開発」という分野では、自身のキャリアを考える時「ありたい姿」のイメージ化をします。実はこれが苦手な人が多いのです。
職場で若手が言われることが多い「早く一人前に」は、「とりあえず一通りひとりで出来るようになって」という意味で使われますが、「一人前=ゴール」と考える人に一人前以降の世界は見えてこない→だから「ありたい姿」が広がらない、という仮説がふと浮かびました。

今後の分科会で、笠井さんや参加される皆さんとともに思考をめぐらし探求を深めたいと思います。

次回は7月31日(土) 熟達を促す、良く考えられた練習とは? -熟達の世界を歩いてみる です。



(報告:HRDM会員 味岡律子)



開催日 2010年6月12日 (土) 13:00~17:20
講 師 株式会社リクルート ワークス研究所 主任研究員/笠井恵美氏
会 場

明治大学 紫紺館